日常を旅するように漂う*きのしたふみの「いくつになっても好きな服を着る!」

大阪と京都の間に住む、ふだん着を楽しむヒトです。157センチ、服のことからしょうもないことまで書いてます。

今の自分の手持ちの服をわたしはほんとうに好きなのか?

 

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「手持ちの服を活かす」

「手持ちの服でオシャレになる」

 

というような講座や

SNS、雑誌の見出しを

見かけることがありますが。

 

 

 

 

そもそも

「その自分の手持ちの服、好き?」

ってところ。

 

 

 

 

よーく考えたら、

「高かったし」「せっかく買ったんだし」

みたいな執着だったりする。

好き、じゃなく、執着。

 

 

 

 

好き、の中にも執着、

執着、の中にも好き、

が内包されてたりするもするから

完全に割り切れるもんでもないんだけど、

「手持ちの服を活かす」に

なんだかピンとこなかったり、

講座とか受けてみたけど

イマイチだったんだよなあって人は、

「執着」を強く疑ってみたほーが、

いいんじゃないかな、と思う。

 

 

 

 

「執着」が強い状態の服は、

それを「活かす」とか

それを「オシャレに」とかいう

ワードを聞いても、

なんら、ときめきませぬ。

 

 

 

 

高かったし、

もったいないし

せっかく買ったんだし、

活かさなきゃ

という「せねばならない義務」

になるんですよ、楽しみじゃなくて。

 

 

 

 

義務になる

ときめきよりも、

しんどさやめんどくささの方が勝つ

つまらん

 

 

 

 

というわけで、

「手持ちの服を活かす」系のものに

イマイチ、ピンとこない人はまず、

今の自分の手持ちの服を

ほんとうにわたしは好きなのか?

ってことを、

ちょっと考えてみてもよいのでわ?

というお話でした。

 

 

 ・。・。・。・。・。・。・。・。

 

 

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