旅する日常*きのしたふみの「いくつになっても好きな服を」

ふだん着を楽しむヒトです。157センチ、服や旅、日々の楽しみなどを書いてます

自分の本質に従う、ということ

 

ふっつーに生活しているだけだけど、

ささいなことからまあまあなことまで

「どうしようかなぁ」

と思いわずらうことなんて、

しょっちゅうありますよね。

 

 

 

たとえば

 

青椒肉絲と油淋鶏、

どっち食べようかなあ」とか、

 

「オットにもっと旅行しようって

言うべきか言わざるべきか」とか、

 

「今度の休みは

何時まで寝ようかなあ」とか。

 

 

 

こうする、って

さっと決まればいいんだけど、

なかなか決まらない、

迷ってしまう、なんてとき。

 

 

 

きのしたがやっている、

ある「やり方」があります。

 

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それは、

 

コドモの頃に戻って

考えること。

 

 

 

さっきの、

青椒肉絲と油淋鶏、

どっち食べようかなあ」でいうと、

 

自分がコドモに戻ったら、

どっち食べたいって言うだろう?

 

って考えるんです。

 

 

 

コドモは、

やれカロリーがとか、

やれ値段が、

やれ昨日も牛肉食べたし、

やれ野菜が多く取れる方が、

なんてグチャグチャ考えない。

 

 

 

食べたい方を「コレ!!」って

なんの躊躇もなく言うでしょう。

 

 

 

それに従う。

 

 

 

でもカロリーが、とか思うなら

そっちを優先すればいい話。

どちらも捨てがたい選択肢があるときに

「コドモの頃に戻る」という考え方を

するとイイです。

 

 

 

コドモ時代は、自分の本質。

 

 

 

「みんなと仲良くしなさい」

って言われた人は、

ほんとはわが道を行くマイペースな人。

 

 

 

「ワガママ言わないの」

って言われた人は、

ほんとは自分をつらぬく

強いエネルギーを持っている人。

 

 

 

「ボーっとしない」

って言われた人は

ほんとは夢見がちでおっとりした人。

 

 

 

そう言われたこと、

注意されたこと=ダメなこと

 

と思い込んでしまってるけど、 

ホントーはそうじゃない。 

そのままじゃ周りの人が扱いにくいから、

従順になるよう、扱いやすくなるよう、

そう言われただけ。

 

 

 

コドモのころ言われたこと、

注意されたこというのは

その人の個性で本質。

 

 

 

だから、

その声に従う方が、

ヘンなチカラを入れず

生きられる気がしています。

 

 

 

そうすると当然、

いろんな場面で軋轢は生じます。

 

 

 

でも、

誰にも迷惑かけないように

生きてるつもりで、

やっぱり迷惑はなににしろ同じだけ

かけちゃってるんですよね。

 

 

 

これも、

「迷惑をかける自分=ダメ」

と思わないこと。

捨てる神あれば拾う神あり。

必ず誰かが助けてくれますって(*^^*)

 

 

 

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