アラフィフの普段着格上げアドバイザー*きのしたふみの「いくつになっても好きな服を着る!」

大阪と京都で活動しているアラフィフのファッションドバイザーきのしたふみです。身長158センチ、1970年生まれ。カッコイイおばあちゃんになるために、服のこと、きのしたの思うこと、ひとつでもあなたのお役に立つとうれしいです。

だからあなたの文章はつまらないんだよ

 

 

ブログでもコメントでも、

とにかく書いてる文章が

まったく響いてこないヒト、

というのがわたしにはいる。

 

なにもライターみたいに

書けとは言わないんだけど、

それにしても。

 

「楽しい」「うれしい」って

書いてあるのに

のっぺりした能面みたいな

感じを受けますのや。

 

伝わってこないのー、

楽しさがー。

 

というか楽しさどころか

文章がアタマに入ってこない。

支離滅裂じゃないのに、

ちゃんと文章になってるのに、

何書いてんだかわかんない。

 

何を書いてたでしょうか?

ってきかれても答えられない。

読んだはしから忘れちゃう。

  

そういう人の文章は、

「楽しい」「うれしい」

と書かれてあるけど、

その人の肉声は、

書かれてないのよな。

 

どれくらい楽しかったのか、

そのうれしさはどんな感じなのか、

そういうところが

ほとんど書かれてない。

 

「みんなと遊んで

チョー楽しかったー(*^_^*)以上」

みたいな。

 

誰でも書ける。

そのヒトじゃなくても書ける。

1000万回くらいどこかで目にした。

そんな文章。

  

みんなと遊んでほんとうに

楽しかったのなら、

「楽しい、楽しすぎる!!

もう息継ぐヒマがないくらい

ずっと笑ってた、苦しい!!」

とかさ、そこだけのエピソードとか

感想ってあるやん?

そういうの書いたらいいのに、と思う。

 

その時の自分の気持ちを

振り返って反芻して感じたままを

書くとかさ。

 

 わたしの場合はね、

そういうの書かれてないと

そのヒトのこと信用できなくなるんですよ。

 

「あー、また上っ面だ」

「あー、また内観してるフリしてる」

ってなるから、もうそんなヒトの

書くことは信用できないし、

読んでもつまんないから

フォロー外す。

  

たとえそれがたった一行の感想や

コメントであってもね。

 

文章を書くってことは

そのときの情景や自分が感じたことを

もう一度吟味しなおす、

ってことでもある。

 

そうすると、

今までは「楽しい、以上」だったことが

「実はそう楽しくなかった」

がひとかけら紛れ込んでたことに

気づくことがある。

 

そのひとかけらの違和感を

しょっちゅう無視しちゃうヒトなんか

信用できない。

 

ひとかけらの

「実はそう楽しくなかった」

に気づいてるのに、

「それ言っちゃ悪いし」

「大人だし」

みたいなことを毎回考えてるから

あなたの文章はつまらないんだよ。

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