カッコイイおばあちゃんになるための普段着格上げアドバイザー*きのしたふみの「いくつになっても普段着を上品カッコよく」

大阪と京都で活動しているアラフィフからのファッションドバイザーきのしたふみです。カッコイイおばあちゃんになるために、服のこと、きのしたの思うこと、ひとつでもあなたのお役に立つとうれしいです。

コドモを信用して、コドモに合わせる。

 

 

コドモを叱ったり、注意したりするとき、

その理由が「外付け」だったら

コドモってそれわかっちゃうんですよね。

 

 

どういうことかというと、

 

 

「行儀よくしなさい」ひとつにしても、

1・世間様にみっともないから、行儀よくしなさい

2・わたしが見てて不愉快だから、行儀よくしなさい

 

1と2のどちらなのか?ってこと。

 

 

「保護者であるわたしに恥をかかせないで」

という意識をコドモはすぐ嗅ぎとる。

 

 

しばらくはコドモも言うことをきくかもしれない。

コドモが弱い立場のときは。

 

 

でもそれは、反抗期と呼ばれる時期、

コドモが弱い立場でなくなったとき、

必ず反動が来る、とわたしは考えていました。

 

 

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右・息子1が3才のころ(現在21才)

左・息子2が1才のころ(現在19才)

 

 

 

忘れ物するな、学校へ行け、もそう。

 

 

忘れ物して困るのは誰なのか?

学校へ行かなくて困るのは誰なのか?

 

 

保護者であるわたしは、

ちっとも困らない。

 

 

たぶん本人だって困らない。

 

 

多くの保護者が

ヤイヤイ言ってしまうのは、

「それをさせる(またはさせない)

保護者はダメだ、という

評価をされてしまうから」

 

 

保護者であるあなたが評価されるのが

こわいんでしょう?ということ。

 

 

それを「あなたのために言っている」

「この子のしつけのために」とか

すりかえるとコドモって見抜くんですよね。

 

 

で、「ウソつくな、てめーの保身だろーが!」

っていう反抗のされ方をする。

 

 

だからもしコドモに何か言うとしたら、

「わたしはこうしてほしい」

という伝え方がいいとわたしは思います。

 

 

そしてそれが自分の保身なのか、

ほんとに不愉快なのか、

ちゃんと自分で見定めること、考えること。

 

 

そうすると時には、

保護者である自分が

批判にさらされるときもある。

 

 

それでもいい、と腹をくくること。

 

 

ほんとにコドモのためを考えるなら、

「世間に合わせる」のではなく、

「コドモを信用して、コドモに合わせる」。

 

 

今、わたしはまだそれをやっている最中で、

エラそうなことは言えないけど、

そうやってきたし、

これからもそうしていくつもりです。