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大阪・京都 45才からの普段着格上げアドバイザーきのしたふみの「いくつになっても普段着を上品カッコよく」

大阪と京都で活動している40代からのファッションドバイザーきのしたふみです。カッコイイおばあちゃんになるために、服のこと、きのしたの思うこと、ひとつでもあなたのお役に立つとうれしいです。

コドモに対する考えや姿勢は、 基本的に「観察」です。

 

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わたしの、コドモに対する考えや姿勢は、

基本的に「観察」です。

 

 

 

ケアや愛情じゃない 

 

 

 

ケアってね、間違うと

「罪悪感」になると思うんですよ。

 

 

 

「これぐらいはやらないと、

相手に対して申し訳ない」

みたいなね。

 

 

 

あと義務にも転びやすい。

 

 

 

「母親なんだから

これぐらいはやって当然」

という風に。

 

 

 

でも

罪悪感や義務で動いてると、

「こんなにやってあげたのに!!」

っていつか爆発すると思うんです。

 

 

 

わたしは、罪悪感や義務で動きたくない。

それらを自分がよくわかってない「愛情」

という言葉で

自分をごまかしたくもない。

 

 

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妊娠、出産という行為さえ、

自分のカラダを使った「観察」。

 

 

 

コドモとの生活も「観察」中心。

 

 

 

「七歳までは神の子」と言うように、

乳幼児はいつ死んでもおかしくないから、

大ケガしないよう、大病しないよう観察、

 小、中学校時代も、

顔の血色や食事具合、登校への観察。

 

 

 

ほんと観察するだけ。

 

 

 

弁当をめったに作らなかったし、

息子1のサッカー当番も一度もしなかった。

(当番はオットが全部やってくれました)

 

 

 

弁当作りも、サッカーの当番も、

わたしはキライ。やりたくない。

 

 

 

と、発言すると必ず反感買ったり、

引かれたり。

 

 

 

 

そこで伝家の宝刀

「母親だからそれくらいガマンしなさい」

「愛情があればできるはず」

が発動します。

 

 

 

 

いや、できないし、ガマン。

愛情があれば、って、ないし、愛情。

 

 

 

それに、「愛があれば」って

言ってくるヤツほど愛がない。

「ヤダ」って言ってる人に向かって

「やれ」なんて、それこそ愛情がない。

 

 

 

 

世間的には黙ってそういうのをやったほうが、

波風は立たなくていいんでしょうけど。

 

 

 

でも、わたしはイヤ。

 

 

 

やりたくないことをやるくらいなら、

批難くらいは受けて立つ。

 

 

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わたしはコドモのために生きてるんじゃない。

自分のために生きてる。

自分の快楽のために生きている。

 

 

 

コドモに対しては、

生きるためのちょっとした手助けしか

する気がない。

 

 

 

というか、ちょっとしか手助けはできないし、

それで充分だとわたしは思う。

 

 

 

離乳食の最終目標が

「大人と同じものを食べられるようになること」

だったように、

 

わたしが思う子育ての最終目標は

「なんとなくでいいから生きていける」

「夕日がキレイだと感動できるオトナに

なってくれればいいな」。

 

 

 

そこハズれなかったら、

過程はどうだっていい。

 

 

 

 

あとはわたしが、

 

「あー楽しかった!」って最後に言うために

今できることってなんだろう?

考え続けること。

 

 

 

 

そうすると、

コドモにアレコレ手出し口出し

しなくて済むんですよね。

 

 

 

だから「観察」。

 

 

 

わたしのしていることは「観察」なのです。

 

 

 

 

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ただ集まって、話したり話さなかったり。

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受け身なお茶会です。きのしたに会ってみたい方もぜひ。

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